


2026年3月30日、東京・銀座にてシンポジウム<『わかる』が広がるやさしい教室—やさしい日本語がひらくインクルーシブな学びー>を開催しました。当日は、首都圏のみならず、東海・北陸・関西・九州など、幅広い地域から60人を超える方々が駆けつけてくださいました。
日本語指導や特別支援を担う学校教員・NPOの方々をはじめ、教育委員会、地方議員、中央省庁職員、企業のCSR担当者、研究者など、多様な立場の皆様が集まった本会。外国につながる子どもや特別支援が必要な子どもたちが学ぶ環境をどう作るか。この記事では、現場の試行錯誤から見えてきた「やさしい日本語」の意味と可能性について、当日のエッセンスをお伝えします。
目次
- ●基調講演:やさしい日本語という架け橋―「正しさ」を教えるより大切なこととは/南浦涼介さん
- ●実証報告:「やさしい日本語」へ子どもたち自身がアクセスできると何が変わるか/中村孝一
- ●分科会A:362人中59人が外国につながる学校の「学びを支える仕組み」とは/梅田玲子さん
- ●分科会B:やさしい日本語がひらく「わかる」「読める」の先にあるもの/津田憲吾さん
- ●パネルディスカッション:やさしい日本語、やさしい教室とは何か
- ●クロージングトーク:課題の社会化ができたところ。これからどんな理想を作るのか/田中宝紀さん
- ●閉会挨拶:「絶対に日本の学校に通わせたくない」1人の声から始まった、新しい挑戦」
- ●参加者の声:ここから始まる、それぞれの「宿題」

広島大学准教授
南浦涼介さん
講演では、日本語指導を必要とする子どもへの「取り出し授業」(
社会科の学習内容を扱う場面では、子どもたちが教科書的・
南浦さんは、
子ども自身の言葉を出発点にしながら、

南浦さんは、子どもたちが日常の中で使っている言葉と、教科学習で求められる言葉とを、単純に切り分けて考えるのではなく、両者をつなぎながら学びを支えていくことの大切さにも触れました。
子どもが今使える言葉を出発点として認めつつ、学習内容に即した概念や表現へと少しずつ橋渡ししていく。その過程を通して、子どもたちの言葉と理解がともに広がっていくのではないか、という視点が示されました。

NPO法人eboard 代表理事
中村孝一
続いてNPO法人eboardの中村より、学校からのお知らせや教材などを、生成AIを活用して「やさしい日本語」へ自動で変換するツールの実証報告を行いました。このプロジェクトの原点は、コロナ禍に生まれた「やさしい字幕」にあります。
当時、eboardが提供する教材に対して「映像授業に字幕をつけてほしい」という要望を、聴覚障害のある方や、その保護者の方、先生方からいただきました。eboardでは字幕対応をする判断をしましたが、映像で話されている内容をそのままテキストにするのでは理解が難しいという課題がありました。そこで、1,000名以上のボランティアの力を借りて、「やさしい日本語」の字幕を全ての動画に実装できたのです。
中村:「映像で話している言葉をそのまま字幕にするのではなく、わかりやすい日本語の字幕をつけたことで、ろうの子だけでなく、外国につながる子や学びの困りごとを抱えた子にも学びやすくなったという声をいただきました。これを、私たちの教材の映像授業だけでなく、学校での教科書や宿題のプリントなど、あらゆるシーンで生成AIを使ってやさしい日本語にしていけないかと考えたんです」
現在、日本語指導が必要な子どもは全国に約69,000人。また、ディスレクシアで学びにくさが生じやすい子どもも1クラスに3人程度、知的障害で学びにくさが生じやすい子どもは1クラスに5人程度はいるといわれています。しかし、予算や人員の壁により十分なサポートが届きにくい状況があります。
こうした壁を、テクノロジーの力で少しでもなくそうと、私たちの想いに共感をしてくださったパートナー企業とともに、開発や実証のプロジェクトを始めました。
まず、外国につながる子どもたちの領域については、柏市での「やさしい字幕」の実証事業が実現。また、特別支援の領域でも実証を行いました。
これらのパートナーシップによって、文章を変換する「やさにちツール(やさしい日本語変換ツール)」に加え、音声入力や画像入力への対応、画像付きでやさしい日本語で言葉の意味を返す「やさしい辞書」機能を開発。数十の学校の協力を得て、2年間にわたる実証事業を行いました。

実証のなかで、文章や写真を変換する「やさにちツール」を1ヶ月以上使い続けた子どもたちには、ポジティブな変化が現れました。特別支援の領域では、読みに困難を抱えるディスレクシアの特性がある子に一定の効果があるとわかったほか、特に効果が顕著だったのが外国につながる子どもたち。約4人に3人が「読むのが楽になった」と答え、学習意欲の向上も確認されました。
中村:「やさしい日本語とは何か。私は、やさしい日本語に子ども自身が、すぐに、アクセスできる状態が大切だと思っています。生成AIを使って『易しい』日本語にアクセスする手段を手に入れたときに、その子やその周りの子どもたちにどんな変化が起こるのか。マイナス面もあるかもしれませんが、それも含めて皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。」
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横須賀市立常葉中学校国際教室担当
梅田玲子さん
横須賀市立常葉中学校は、米軍基地が近い特性から、全生徒362名のうち59名がアメリカ、フィリピン、中国、エジプト、ネパールなど多様な国につながりがあります。特別の教育課程による日本語指導が必要な子が25名在籍しており、教師は常時ピンマイクをつけて話し、生徒たちは手元の端末で「リアルタイム翻訳」を表示するなど、日常的にICTツールを活用する環境にあるそう。
母語では学習を進めていたけれど、日本語がまったくわからない子どもにはeboardの「リアルタイム翻訳」やGoogleの翻訳ツール、会話はそれなりにできるけれど、教科学習が苦手な子どもにはeboardの「やさしい日本語化ツール」など、子どもや状況に合わせた選択肢を提示しています。
しかし、国際教室担当の梅田さんは「ツール以前に、学びを支える仕組みが重要」と語ります。
例えば入学時に「常葉サポートプラン(チャート式)」を全生徒に配布。これは学習だけでなく人間関係や生活面も含めた相談先が明記されたもので、困ったときのサポートがあることがしっかり周知されています。

教員間でも、生徒たちがどんなことが原因でどんなことにつまずいているのか、どんなサポートが必要そうなのかを小学校からの引継ぎだけでなく「支援シート」として実態に即してまとめ、週に1度の支援会議をベースに、必要に応じてケース会議を持って考え続けているのだそう。
梅田さん:「なかには、日本の学校や日本の歴史を学ぶことに強い拒否感がある子もいます。でも中学生ともなれば、やらされることは楽しくない。だから自分たちの考えたルールで遊べる歴史のすごろくを作ってもらったりと、子どもたちが自分で考えて、楽しい、面白い、これもっとやりたいって思えるよういろいろ試行錯誤しています。
また、常葉中学校の学びに対する姿勢をもっともよく表しているのが「定期テストの廃止」です。
梅田さん:「定期テストがない中で、生徒の何を見るのかはかなり議論しています。『あなたが見たいのは日本語の力ですか、それとも教科の知識ですか。あなたが見たいのは社会の知識ですか、それともあの社会の見方なんですか』と。その結果、教員たちは“日本語の力”ではなく、“何を学習したか”を見るようになっています」。

複合スペースmarble代表、作業療法士
津田憲吾さん
作業療法士として発達障害専門の学習塾を運営する津田さんは、まず「読む」という行為が脳のプロセスとしていかに複雑であるかを解説しました。
子どもたちが直面する言葉の壁は発達特性によって異なり、知的障害の子は、全般的な認知や記憶のシステムに特性があるため学習全体に負担が生じやすく、ディスレクシアの子は、視覚や音韻に関わる言語処理のシステムに特性があるため読み書きに負担が生じやすいといいます。
津田さん:「ADHD傾向の子は、情報を保持するメモリが弱く、説明を聞いている途中で情報が抜け落ちて、文脈から言葉を覚える機会を逃しやすい。一方で、ASD傾向の子は、こだわりから言葉を『点』で捉えてしまい、概念を広げるのが苦手な傾向があります。」

津田さんは、こうした「学びの困りごと」に合わせ、「やさにちツール」を活用して教材を提供しているのだそう。
あるADHD・知的障害・知覚過敏の傾向のある子は、ダンスが大好き。でも、自分が何に困っているかわからないような状態で、ダンスのニュースも「連覇」「敗れる」「退けた」などの用語につまづいてしまい、正しく読むことができませんでした。しかしニュースを「やさにちツール」にかけることで、「連続で一番」「負ける」「勝つ」などの言葉に変換されると、しっかり理解できたといいます。用語の変換だけでなく、黒い背景に白い文字のほうが読みやすいということもわかり、以降、自分の好きなニュースにアクセスし「やさにちツール」で読むようになったそう。
また、ある自閉傾向のある子は、プリントを渡してもくしゃくしゃに丸めて捨てて泣いてしまうほど、読むことに対して強い嫌悪感がありました。そこでこの子も、興味のあるスポーツのニュースを読む際に「やさにちツール」を活用。「決勝の舞台に上がる」「覇権を争う」といった言葉がやさしい日本語に変換されたことで、「●●高校と〇〇高校はずっと最近強いもんね。 確かに決勝でずっとやってるわ。覇権を争うって、こういう意味なんだ」と自分の背景知識と照らし合わせて理解することができるようになったといいます。
津田さん:「この子もスポーツのニュースにたくさん触れるようになりました。そしてある日、彼が『審判をやりたい』と言ったんです。そこで難しい審判のルールをやさしい日本語に変換して一緒に読み解きました。彼は見事審判デビューを果たし、社会と繋がったんです。
大切なのは読むこと自体ではありません。読めるようになることで他の人とのコミュニケーションが生まれ、社会につながっていく。社会への扉を開くということが大切なんだと思います。」

シンポジウム後半は、中村の問いに答える形で登壇者が語りました。
問い1:教室における「やさしい日本語」とは?
津田さん:私は「子どもたちのスタートラインを揃えること」だと思います。簡単にいうと合理的配慮という言葉になるかもしれませんが、外国につながる子どもだけでなく、特別支援の現場でも必要です。障害があろうとなかろうと、いろんな分野でスタンダードなものとして「やさしさ」を受け入れてほしいと思っています。
南浦さん:学校の先生方はすでに「やさしい日本語」を使っていますよね。小学校1年生には1年生なりに、と学年に合わせて分かりそうな言葉で話して来られた。これからは、年齢だけでなく特別支援や外国につながる子という目線を加えることが必要になって来たということだと思います。「このくらいの年齢だからせめてこれくらいは」という教室の外で決められた圧を、どう捉え、考えて、変えていけるかが大切です。
田中さん:私は、やさしい日本語を「教育機会を保障するためのツール」だと捉えています。母語での学びの保証が難しいなかで、次点の策として、“外から中へ(疎外されがちな子どもたちを学校教育のなかへ)”の橋渡しをするイメージです。
ただ、ツールではありながら、やさしい日本語が使われる場は「あなたの存在を認知をしています」というメッセージがあふれる空間でもある。マジョリティの子も含めてその場にあるやさしさを感じ取れるセンサーを身につけていってほしいです。
問い2:「やさしい教室」とは?
津田さん:子どもたちの見えない困りごとがきちんと顕在化している状態かな。特別支援の子も外国につながる子も似ているのかもしれませんが、授業中、なんとなくそこに座っているだけで、「何かしら分かっているだろう」と思われてしまう。でも本当はそうじゃなくて、生きにくさや困難に気づくきっかけがあふれているのが、やさしい教室なんじゃないかと思います。
南浦さん:「やさしい教室」には3つあると思います。ひとつはツールを使うなどして「学びの機会保証がされていること」。ふたつめは、そういうツールを使っていたり、さまざまな言語があることが“フツウ”だよね、と周りが認めていること。3つめは、いろんな人がいることを“フツウ”なんだよね、と考え方を変容させる仕組みなどをつくることだと思います。
田中さん:外国につながる子の困りごとには「3つの壁」があります。言葉の壁、制度の壁、心の壁。言葉の壁については、「やさにちツール」や翻訳ツールで乗り越えられています。今は制度の壁を乗り越えられるか、という段階だと思います。ツールを教室で使う根拠や判断基準(制度)があれば、周囲の子どもたちに生まれがちな「ずるい」みたいな気持ちも乗り越えられるのではないでしょうか。

NPO法人青少年自立援助センター・定住外国人支援事業部・責任者
田中宝紀さん
外国につながる子どもたちの教育支援に取り組む田中さんは、排外主義が叫ばれるようになってきた昨今の社会状況において、数少ないよかったこととして「課題の社会化」を挙げました。
田中さん:「以前は『日本語がわからない? 大変そう、英語で教えれば?』という程度の認識の課題だったものが、ようやく『みんなの課題』になってきています。やさしい日本語を中心に、学校教育や学びというものの再構築をみんなで考えられるタイミングが来ているのです。それぞれが積み上げてきたものを共有し、これからどんな理想を作っていけるかを話し合える入り口に、私たちは立っています。
ここから一歩、どうデザインしていくか。それを私たちの『宿題』にしましょう。ツールは進化し続けますが、その進化に合わせて自分たちがどう実態を作っていくか。また1年間それぞれがチャレンジして、再び集合しましょう」
シンポジウムの締めくくりには、NPO法人eboard代表の中村が登壇。本プロジェクトを立ち上げる原動力となった「ある出来事」を振り返りながら、閉会の挨拶を行いました。
シンポジウム後のアンケートでは、約9割の方が「満足」と回答。自由記述でも、
「相手を思いやる『マインド』や『承認』の重要性に気づかされた」という眼差しに関する声や、「保護者への連絡や窓口の申し込みフォーム、学校の配布物など、身近なところから『やさしい日本語化』に取り組んでみたい」といった具体的な声も数多く寄せられました。

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