


ある学年では、クラスの4分の1が不登校。その背景の一つには、小学校から中学校までクラス替えが一度もないという地域特有の事情がありました。居場所を見つけにくい子どもたちのために「フラッと立ち寄れる場所を」と立ち上げられたのが、徳島県海部(かいふ)郡の一般社団法人「うみのこてらす」です。現在、行政からの補助金はなく、民間の助成金や寄付金で運営しているその場所は、子どもたちが自分のペースで安心して過ごせる”第三の選択肢”となる大切な居場所。今回は、ICT教材eboardをご活用いただいているご縁から、代表の川邊さんにお話を伺いました。
目次

一般社団法人うみのこてらす代表理事
川邊 笑(かわべ えみ)さん
まず、うみのこてらすが活動されている徳島県海部郡が、どういった場所なのかおしえていただけますか。
海部郡は徳島市から車で1時間半ほど離れた、いわゆる「郡部」になります。本当に小さな港町が、山と海にはさまれて点在しているような場所で、学校も1学年1クラス、10人から15人くらいなんです。自然が豊かな地域で、農業体験や川遊びなどのリアルな自然体験もできるし、地域の方々との距離も近く、人との温かい交流の中で子どもたちが育っていく場所でもあります。

ただ、実は見えづらい課題もあって。不登校の子どもたちが、私たちが子どもの頃に比べて本当に増えているんです。1学年が15人くらいのクラスで2〜3人いる学年もある、というのがこの地域の不登校の現状です。

▲全国の不登校児童生徒数の推移
出典:文部科学省「令和5年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」
なぜ、この地域で不登校の子どもたちが多くなっているのでしょうか。
みんなが幼なじみで気心が知れていて、安定した学年なら本当に和気あいあいと過ごせるなど、少人数ならではの良さもたくさんあります。ただ、その関係性の近さが裏目に出てしまうと、クラスが学年に1つしかなく、小学校から中学校までの9年間、クラス替えがないことが、子どもたちを苦しめてしまうこともあります。
高校も地域に1つしかないので、人によっては最大12年、同じ人間関係が続くこともあります。クラスの友だちが部活の友だちですし、塾に行ってもみんな同じクラスの子。世界のすべてがそのクラスの15人程度に限定されてしまいます。もしその小さな人間関係になじめなかったり、一度こじれてしまったりした場合、「居場所」を失ってしまう。他に行く場所がありません。
それだけではなくて、いくつかの問題が複雑にからみ合っています。例えば、一度都会に出た方が離婚などを機に実家を頼って帰ってくるケースがあります。実家のサポートはあるとはいえ、ひとり親になると子育ても仕事も一人で両立していく必要があり、徐々に余裕がなくなっていき、心の不安定さや生活習慣の乱れをまねき、不登校につながるケースも見られます。また、転校生の場合は、すでに固定化された人間関係の中に一人で入っていくわけですから、なじむのに苦労することもあります。
さらに、発達に特性のある子への支援施設が少ない、という大きな問題もあります。放課後等デイサービスや専門的な療育を受けられる施設も少ない状況です。その結果、子どもたちが授業や集団についていけずに自信を失い、不登校につながってしまうケースがあります。
そうした根深い課題を前に、川邊さんご自身が「うみのこてらす」を立ち上げようと決意された、直接のきっかけはなんだったのでしょうか。
もともと東京のNPOで活動していたので、教育格差の問題は知っていました。地元の徳島にも貧困や不登校といった課題があることは認識していましたが、正直なところ、それほど深刻な問題だとは考えていませんでした。
ちょうどその頃、実家に帰ったり、地元の友人たちと話したりする度に、地元のことを思い返していました。ある時友人から、地域に住む同世代の子の話を聞いたのです。その子は不登校をきっかけにずっと家に引きこもり、経済的にも困窮しているとのこと。しかし親には頼れず、近くに頼れるサポート機関もないまま、「誰にも頼れず、ずっと我慢していた」ともらしたというのです。その子が置かれた厳しい現実を知った時、抽象的な知識だった地域の課題が、初めて「自分ごと」として胸に突き刺さりました。
だから、家と学校という元々あるコミュニティのどれとも違う、第三の居場所、いつでもフラッと立ち寄れるような場所が必要だと思い、公民館の一室を借りるところからこの活動をはじめました。
公民館からはじまった活動は、いまでは廃校が拠点になっているのですね。具体的には、どのような活動をされているのですか。
中心的な活動は、学校に行きづらい小中高生を対象にしたフリースペース事業で、海部郡3町全域から子どもたちが集まります。廃校になった小学校で、水曜日、木曜日、日曜日の週3回、子どもたちの居場所を提供しています。特に水曜日はコンセプトをみんなで決めて、みんなで一緒に活動するのが特徴です。たとえば、ものづくりをしたり、ときにはみんなでカラオケに行ったり。あまり興味がない活動でも、食わず嫌いせずに1回はやってみようとルールを決めています。

ただ、子どもたちの中には、「いまはまだ、みんなでなにかを活発にやるという気持ちにはなれない」「勉強をするのもしんどい」というフェーズの子も少なくありません。そうした子が無理なく過ごせるよう、木曜日は各自が自分のペースでゆったりと過ごせる日にしています。
実は、この海部郡で不登校の子どもたちが通える場所の選択肢は、現状ほとんどありません。隣接する市には、自然体験などを中心とした活動的なフリースクールがあるのですが、比較的高額な月謝がかかるため、経済的な理由で選択が難しいご家庭もあります。また、学習支援を行う公的な教育支援センターも、海部郡内にはなく利用できない状況です(※取材時点)。どちらの場所も素晴らしいのですが、こうした費用や距離の壁、そして活動内容そのものになじめない、そういう子どもたちも、私たちのところへ来てくれることがあります。

▲徳島県の南部に位置する海部郡
※地図はうみのこてらす2024年度活動報告書より加工
そうした子たちも安心して過ごせる場所を提供しつつ、以前不登校だった子を含む、学校に通っている子の居場所にもなるように、日曜日はまた別の活動をしています。学校に通っている子や、一度不登校を経験して復帰した高校生も来られる、より開かれた場所にしています。さらに月に一度は「地域食堂」として、子どもだけでなく地域の親子連れなども含めて80食くらいのご飯をみんなで囲み、地域の方々との大切な交流の場にもなっています。
多様な活動を支えるスタッフの皆さんについてもお伺いしたいです。どのような方々が関わっていらっしゃるのでしょうか。
20代や30代の私たちのようなスタッフに加え、夏休みなどの長期休暇には、大学生ボランティアも来てくれます。彼らが理科の実験を企画してくれたり、川遊びに連れて行ってくれたり、子どもたちにいろいろな体験を届けてくれるんです。
そして、活動の大きな支えになっているのが、学校を退職された60代、70代の先生方です。その先生方がいなければ、いまの活動はありえませんでした。実は、立ち上げ当初、私たちがいつまで続けるのかわからない学生だったのもあり、学校や教育委員会からはなかなか信頼が得られず、活動場所を借りることすら難しい状況でした。
状況が一変したのは、地域で長くつとめられた先生が仲間に入ってくださってからです。その先生がサポートしてくださったおかげで活動をスタートできたり、また別の先生が一緒にあいさつに行ってくださるだけで、「先生が言うなら」と、スムーズに学校や行政との連携が進んでいきました。地方でなにかを動かすには、こうした地域からの厚い信頼を持つ「キーマン」の協力が不可欠なのだと痛感しました。人と人とのつながりが強いからこそ、最初は新しい活動に慎重で、一度信頼をえられると、今度はとても温かく、スピーディーに応援してくれる。そんな地域性を感じます。
ただ、「属人化」という課題もあります。その先生がいなくなってしまったら、この連携体制も終わってしまうのではないか、という懸念はつねにあります。活動をはじめて3、4年が経ち、まさにいまが、先生個人の信頼から、団体そのものの信頼へとバトンをつないでいくフェーズです。少しずつですが、団体としての信頼が地域に根付きはじめ、最近では、私たちだけで行政や学校と話ができるようになりました。「ああ、うみのこてらすさんね」と、私たちの名前で認識してもらえる機会が増えてきたのは、本当に大きな一歩だと感じています。
活動の中で、学習支援はどのように行われていますか。
当初、学習は「(子どもたちが)やりたかったらやろう」という自由な形でした。ですが、来るたびに違う宿題を持ってきたり、前回やったことを忘れてしまっていたりで、なかなか学習が積み上がっていかないという壁にぶつかったんです。そこで、子どもたちが家でも、活動場所でも、一貫して取り組める教材が必要だと考え、eboardの導入を決めました。基本的には3ヶ月を一つのクールとして、最初に一人ひとりの学習計画を立てて、それに沿って進めていく、という形です。

実際にeboardを導入されたことで、子どもたちやスタッフにどのような変化がありましたか?
特に印象的だったのは、中学2年生の女の子なのですが、彼女は学習の遅れが大きく、中学数学の最初の「正負の数」からやり直しました。ところが、eboardを使いはじめてから驚くほどのペースで学習が進んで、約1年間で3年生の範囲まで追いついたんです。「これなら地元の高校だけじゃなくて、少し離れた町の高校も目指せるかもしれない」って、彼女自身が手応えを感じて、すごく前向きになりました。
他にも、訪問支援をしていたお子さんの場合では、週に1回、1時間しか一緒に勉強できなかったんですが、みるみるうちに学習が進んだんです。中学1年生の間、全く学校に行けていなかったのですが、中1の冬からeboardを使いはじめて、わずか半年で1年半分の学習内容を終えることができました。その成功体験が大きな自信になったんでしょうね。中学2年生になったとき、ちょっとだけですけど、数学の時間に学校に行くことができました。
スタッフにとっても、準備がぐっと楽になりました。以前は、子どもたちが毎回違う紙の教材を持ってくるので、その都度内容を確認したり、教材を探したりするのが本当にたいへんでした。eboardを導入してからは、最初に立てた計画に沿って進捗を確認すればいいので、とてもスムーズです。なにより大きいのが、動画解説がついていることですね。最初のうちは私たちが隣でサポートしますが、一度軌道に乗れば、子どもたちは動画を見て自分で学習を進めてくれます。そのため、一人の子につきっきりにならずにすむんです。これは、限られたスタッフで多くの子どもたちを見る上で、本当にありがたいですね。
最後に、活動の今後の展望についてお聞かせください。
まず、人口減少という大きな課題があります。5年もすれば、いま私たちの居場所にいる30人の子どもたちも、10人くらいに減ってしまうだろうと予測しています。
また、運営面での難しさもつねに感じています。私たちの活動は、不登校の子どもへの学習支援という側面と、経済的な困難を抱える家庭への支援という両方の側面を持っています。そのため、行政に相談しようとしても、前者は教育委員会、後者は福祉課と担当がわかれており、複数の町にまたがって活動していることも相まって、制度の壁が複雑化し、スムーズな支援を得にくいのが現状です。
こうした課題がある中で、いまの形のまま活動を続けていくのは、現実的ではありません。そこで、私たちは二つの方向で、未来の形を模索しています。
一つは、対面の居場所とオンラインでの支援を組み合わせた「ハイブリッド型の支援モデル」です。オンラインを使うことで、これまで物理的につながれなかった地域の子どもたち、それこそ県内全域の子どもたちを支援することが可能になりました。実際に、県西部の子ども食堂さんと連携したオンライン学習支援はとてもうまくいっていて、大きな手応えを感じています。
そして、もう一つが、この場所の役割をさらに広げていくことです。地方の課題は多岐にわたる一方で、人も予算も限られています。その中で不登校の子どもたちの支援を続けていくためには、不登校の子どもたちのための居場所という役割にとどまらず、貧困に悩む家庭の支援や、高齢者の方々が集う憩いの場所、将来的には地域の防災拠点にもなれる可能性があると考えています。子ども支援という枠を超えて、地域全体の「複合的なハブ」になっていけるのではないかと考えています。
私たちと同じように、過疎化や少子化に悩む他の地域の方がたくさんいると思うので、お互いのノウハウを共有しあえたらいいな、と思っています。
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