教育現場で利用する
教育現場で利用する
eboardのすべての映像授業には、2021年7月から、学習のハードルが下がるよう編集された「やさしい字幕」がついています。現在、その利用校は全国で100校、再生回数も120万回を超えました。eboardに学生インターンとして参画した國久茜里(くにひさ あかり)さんは、自身も難聴であり、ろう・難聴の子に関わる教育現場での「やさしい字幕」の検証を担当しました。國久さん自身がこれまで抱えてきた困りごとや、検証現場で出会った子ども達の現状について、インタビューしました。
吉永:國久さんと話している時に、あまり「難聴である」ことを意識しないんですが、実際のところどういうふうに聞こえているの?
國久:私の場合は、人と話している時に、音は聞こえているんです。何か言っていることはわかるんだけど、何を言ってるかがわかりにくい。吹き出しに「ムニャムニャムニャ」と書いてあるようなイメージです。補聴器を使い始めたのは、大学生になってからで、今も必要な時だけつけています。オンラインミーティングの時は、イヤホンを使っています。自分で聞きやすいように音を大きくできるので、聞こえやすいんです。
吉永:そうか、オンラインだと、より「聞きやすい環境」を自分で調整できるんですね。
國久:小学校〜高校の間は、補聴器を使わずにそのままの聴力でなんとかやっていました。誰かと話している時に、言っている内容はわからなくても、会話が途切れたタイミングはわかる。それにあわせて相づちを打ったり返事をすれば、会話は成立するので誤魔化せてしまうんです。とはいえ、見当違いの返事をしてしまうことがあるので、「天然ちゃん」として扱われがちで、それに乗っかってしまうと自分も楽なので、高校までは天然キャラで通していました。
難聴とは
音が耳に入ってから脳に伝わるまでのどこかの段階で障害が起こり、音が聞こえにくくなったり、まったく聞こえなくなったりする症状(厚生労働省・e-ヘルスネット)。
障害を受けた部位や程度の違いにより、様々な「聞こえ方」が存在する。補聴器をつけても大きく歪んだ音しか聞こえない人、片耳難聴のため、周りの状況により聞こえ具合が変わる人など、補聴器や人工内耳の効果も人によって異なる。
吉永:一緒に仕事をしていて、國久さんは「わからないことを曖昧にしないでちゃんと聞き返してくれる」という印象があったんだけど、それは意識をしていた?
國久:(笑)。そうですね。大学に入ってから、意識的にそうしようと決めて、直していきました。
吉永:最初は「やさしい字幕」のレビュアー(仕上げ工程担当者)に応募してくれたのがeboardに関わってもらうきっかけでした。なぜ「やさしい字幕」に興味を持ったんですか?
國久:小さな時から障害があったのですが、聞こえないことからくる困りや、例えば学校での人付き合いをどうしたらいいのかなど、障害の壁を感じた時に、どう対処したらいいのかをあまり真剣に考えず、逃げてきたように感じていたんです。友達に障害のことを知られたくなかったし、自分の持っている障害がどんなものかも知らなかった。というか、障害のことなんて知りたくないと思っていました。周りにも、自分と同じような困りごとを抱えている人はいなかったし。
大学に入ってから、補聴器をつけるようになり、ろう・難聴のコミュニティに少し関わるようになって、少しずつ自分の意識が変わっていきました。そして就職活動をするにあたって、自分が本当に何がしたいのかを考えた時に「困っている人の助けになりたい」と思うようになったんです。
特に、自分と同じような障害を持っている子どもたちが、自分と同じようなことで困っているのであれば、その力になりたいと思いました。それで「子ども」「障害」をキーワードにして探していたら「やさしい字幕」を知り、参画させてもらうことになりました。
吉永:補聴器をつけたのが大学生ということだけど、それまでは学校でどう過ごしてきたのですか?「友達に知られたくない」という気持ちがある中で、学校からのサポートなどはあった?
國久:地元は福井県で、県庁所在地からも離れた地方部の公立校に通っていました。難聴であることは入学時に毎回伝えていたけど、難聴通級* のような公的支援はありませんでした。当時は、難聴の子どもが学校に入ってきた時に、どう対応するかという仕組みがなかったように思います。
難聴通級指導学級とは
聴覚障害の程度が比較的軽度の子に対して、各教科等の指導は通常の学級で行いつつ、障害に応じた特別の指導を行う場(文部科学省「教育支援資料」第3編2.聴覚障害)。「きこえの教室」とも呼ばれる。普段は地域の学校の在籍級で学習・生活する子が、週に数回程度通う。
難聴や聞こえに課題がある子は、推計で1~3万人と言われている。そのうち、ろう学校に在籍する子は約8,000人、難聴通級指導学級に通う子は約2,000人。
先生から見ると、日常的なコミュニケーションには問題がないように見えるし、授業もなんか「うんうん」って顔で聞いているし(笑)、特に支援することもないよね、みたいに思われていたように感じます。私の兄は、もっと障害が重くて人工内耳をつけているんですが、聴力は弱いけれど会話はなんとかできるような状態で、地元の学校でとても苦労していました。
吉永:ちょっと立ち入った質問かもしれないけど、ろう学校に行くという選択肢はなかった?
國久:親としては日本語で、音声で育てたいという思いがあったようです。当時のろう学校は、手話で学習やコミュニケーションを取る方法がメインでした。「手話と日本語のどちらで育てるべきか」という論争があったくらいで。両親としては、ゆくゆくは聞こえる人たちが多い社会に出て生きていくために、今から音声がメインの学校に通ってほしいという意図があって、ろう学校ではなく地元の学校に通っていました。
國久:高校に入ってからは、数学がわからなくなってしまって。わたしは男性と女性だったら女性の声の方が聞きやすいんですが、担当の先生が、ボソボソした話し方で、あまり板書をしないタイプの男性の先生だったんです。前の席に座っても音は聞こえるんだけど、「因数分解」とか難しい単語が出てくると、もうわからなくなってしまって全部「モニャモニャモニャ」になっちゃう。
授業を受けてわかったことが60%くらいだったとして、わかる単語とそうでないものがパズル状態になってしまって、自分の頭の中に全然残らない。でもそれが、自分の勉強が足りていないからそうなのか、聞こえていないからそうなのかがわからなくて、質問に行くこともできなくて。先生もどうしてらいいのかわからず、当てる時に私だけ外されたりもしました。「勉強が足りないだけなら自分のせい」と思ってしまって、周りに言えず困っていました。今になって思うと、我ながらよくがんばっていたなあと思います(笑)。
吉永:いや、ほんとによくひとりでがんばれましたね…。eboardのインターンでは、ろう・難聴の子どもが在籍している塾やろう学校に行って、子ども達と関わりながら検証事業を進めてもらいました。子ども達を見て、どうでしたか?
國久:実際に「やさしい字幕」とeboardを使ってもらいながら、字幕が子ども達の学習にどう助けになっているか、追加でどんな支援方法があればより使いやすいかを確かめる業務を担当させていただきました。実際に現場に行くと、ろう・難聴の子が抱えている学習の困りごとは本当に多様で、自分と同じようなことで悩んでいる子がいたり、私が想像していたよりもずっと厳しい状況にある子もいるという現実を見ることができました。長期間通い続けることで、子どもたちとの関係性も少しずつ変わっていき、話ができるようになったのもよかったです。
実を言うと、今までは親しい人とも、ろう・難聴からくる困りごとについて話すことはほとんどなかったんです。だけど、検証業務をする上で、子どもたちには「困りごと」を聞く必要がある。その時に「私もこうだった」という話をする事が多くて、そこである意味、自分の過去の体験を昇華できたような気がしています。こうした子ども達と、それを支える人たちに出会えたことで、今は自分の居場所が見つかったような気がしています。これまでほとんどやってこなかった手話でコミュニケーションが取れるようになり、その子の気持ちや、日本語と手話のせめぎ合いのような実態を間近で見ることができました。
吉永:お願いしていた仕事、結構大変じゃなかった?
國久:えっと、まあ、大変でした(笑)。今までのアルバイトは、誰かに指示されてやることがほとんどでした。eboardだと、インターンでもひとりのスタッフとして扱われて、自分で判断してやることが多かったです。難しくもあり、楽しくもありました。でも、本当に1年間インターンじゃなければできない体験しかなかったです(笑)。将来は、ろう学校で先生として働きたいという夢もあるので、今後も、ろう・難聴の子どもたちに関わっていけたらと思っています。
國久さんが担当した「ろう・難聴児に関する検証」の成果が、リーフレットになりました。ろう・難聴の子の学習面での課題や、字幕が役立つケースなどをまとめており、やさしい字幕ページからダウンロードしていただけます。ぜひご活用ください。
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