2021年、続くコロナ禍。GIGAスクール構想により、全国で整備が進む1人1台環境。いつか必ずやってくると描いた「いつでも、どこでも学べる・学びを支えられる」環境が整ったとき、NPOとして果たすべき役割は何なのか。NPO法人eboardは「やさしい字幕」を皮切りに、障害や言語による「学びづらさ」を抱えた子どもたちへの取り組みを開始します。
そんなeboardの変遷は、最前線で活動するプレイヤーにどう映ったのか?長年外国につながる子の支援に携わり、やさしい字幕プロジェクトを伴走支援してくださった、NPO法人青少年自立援助センターYSCグローバル・スクールの田中さんにお話をうかがいました。
NPO法人青少年自立援助センター
定住外国人支援事業部 責任者
田中 宝紀さん
中村:
田中さんが、海外ルーツの子を長年支援されている中で、eboardを最初知っていただいたのは、2015,16年くらいだったんじゃないかと思います。その時の印象を教えてもらっていいでしょうか?
田中:
やっぱり動画が印象的でしたね。関西弁だなって思いました(笑)。どうしても海外ルーツの子と向き合っていると、言葉は気になるんですよね。あとは、顔が見えないことのメリットを感じてらっしゃるんだろうなと。自分たちはなんとかして「顔が見える状態」で、子どもたちとつながろうとしてたので。
あとは、思っていた以上に動画の量が多くて、びっくり。当時は、私はいわゆるEdTechやICTについて、全くの素人だったので「こんな世界がもう広がってるんだ」っていう衝撃を受けたことを覚えています。
中村:
その後、実際にお会いして、すぐに何か取り組みをするというわけではなかったですけど、クラウドファンディングやイベントなど、接点を持たせてもらっていたなと思います。
▲ 2016年YSCグローバルスクールのクラウドファンディング企画でお会いしたころ
田中:
そうですね。中村さんと実際に会って話したら、意外と普通に熱いんだなって。当時、 教育×テクノロジーの人って、 もっと冷めてるというか、教育からちょっと遠い人と思っていたので。教育をど真ん中でやりたい人が、そういうアプローチをとっていることに感銘を受けました。私たちのような、当時まだマイナーな、マイノリティ(少数派)に対する取り組みにも関心を持ってくださっていて、すごく視野の広い方だなっていうのが、最初の印象でしたね。
その頃、私たちもオンラインでの取り組みをスタートしたんですが、結構否定的な意見が多かったんですよね。そこにすごく共感してもらえたのは、すごく背中を押していただけたなと思います。
中村: 具体的な連携の取り組みがスタートしたのは、「やさしい字幕」プロジェクトのタイミングでしたね。
やさしい字幕: ICT教材eboardの映像授業につけられた、ろう・難聴の子、外国につながる子、学びの困りごとを抱えた子を主な対象に、学習のハードルが下がるよう編集された字幕です。「やさしい日本語」の考えを元にしながら、字幕の表示量の調整、言葉や文章構造の簡素化、学年や教科別の表示工夫などの編集を行なっています。
田中:
そうですね。「やさしい字幕」の話を聞いた時には、とうとうこっち側の領域に着手されるんだなって感じて、すごく新鮮な、嬉しい驚きがありました。裏を返せば、それまで何かしらの「隔たり」みたいなものを感じていたんだろうなと。
もちろん、理念としても、コンテンツとしても、マイノリティや学びづらさを抱えてる子に寄り添おうとされているのは理解していたんですけど、eboardさんが扱っているところと、YSCで扱っているが「違うもの」っていう感じの意識はあったかもしれないですね。
でも「やさしい字幕」の話が出た時に、なんて言うんですかね、「こちら側を向いた活動に取り組まれるんだな」っていう印象がありましたね。これは、eboardさんに限った印象ではなく、例えば、「インクルーシブ」「インクルーシブ教育」のような言葉を聞いても、どこかで、外国ルーツの子、日本語を母語としない子が想定されていないような感覚はあって。そこに入れてもらえないだろうな、インクルードされる存在に入ってないんだろうなというイメージがありますね。
中村:
字幕のプロジェクトでお声がけした時、私たちも「本当にできるかどうかわからない」みたいな状況だったんですけど、正直どう思いました?
▲ 小学校理科の映像授業につけられた「やさしい字幕」
田中:
いや、全然ありだなって思いましたね。ものすごくいいなって。でも、私も正直終わりが見えないなって思いました(笑)。ただ、それをやる気になったのは、本当にすごいなって。 もっと立ち上げ初期で、コンテンツが数百ですとかだったら終わりが見えますけど、2,000くらいの動画がすでにありましたよね。そこにあえて切り込もうとされたところに、「あ、なんかeboardさんなんだな」っていう印象でした。
中村:
内部でも煮えきらないところを、皆さんに後押ししてもらった感はすごくありましたね。なんかこういうのって思いついて内部で話しても、 本当にやれるのかとか、やる価値があるのかって、わかり切ってないところが自分たちでもあって。
でも、外の人に話してみると、ボランティアでご協力いただいた企業さんとか、ろう学校の先生とか、田中さんも当然そうなんですけど、「これいいね」って言ってもらえて。実際に「こういう協力ならできるよ」って言ってもらえると、「これってやれるんじゃないか」っていう自信が、 少しずつ固まってきた感じがあります。
田中:
少なくとも、字幕については、0→1ではないじゃないですか。すでに有益なコンテンツが膨大にある。だからこそ、難しかったとはいえ、私から見ていても、実現可能性が感じられたんだと思います。eboardさんって、初めて知り合った頃からもどんどん進化しているので、その進化の途中の大きな1歩として「やさしい字幕」なんだなっていうイメージができたので、「やれるんじゃないですか?」って思いましたね。
中村:
最終的には、1,000人以上のボランティアの方の力を借りて、字幕プロジェクトを完遂することができたんですが、初期にYSCグローバル・スクールの現場で、やさしい字幕(やさしい日本語)や翻訳字幕を試させてもらえたのは、本当に大きな意味があったなと思います。もちろん字幕が役立つシーンもそうなんですが、逆に「こういう子は使えない」という限界をちゃんと理解して取り組めたのは、ありがたかったです。
▲ YSCグローバル・スクールで実施させていただいた「やさしい字幕」の検証
中村:
改めて、田中さんから見て「やさしい字幕」の意義って、どんなところにあると思いますか?
田中:
もちろん実際に役に立つ子どもたちもいるんですが、それ以上に、私が意味があったなと思ったのは、社会的なメッセージ性。タイミング的にもそうでしたし、海外ルーツの子たちが増えている中で、みんながなんとかしたい、けどうまくできないみたいな状況がある中で、これまでにない、1つのソリューションとして提示できるものを作り上げた。
さらに、その過程でも、たくさんのボランティアの方が関わることになって、 一気に、あの膨大なコンテンツが放出された。 やっぱり、すごくインパクトもありましたし、「こんなことができるんだ」とか「海外ルーツの子どもたちのために、こんなことをしていいんだ」みたいな、メッセージが大きかったと思いますね。共生社会の教育インフラって、こんな感じなのかなって。
中村:
なるほど。それは、私たちの団体内ではできない解釈で、興味深いです。
田中:
海外ルーツの子の支援って、支援者が頑張って日本語学習と教科学習するぐらいしか、イメージわかないんですけど、「そうじゃない手段もあるよ」っていうのを提示してくださった感じで。みんなが30年以上感じてきた課題の山の1つを、ひょいっと超えてくれたような感じですかね。あとはやっぱり、それを受け取った子どもたち自身が、 「自分たちのために用意されてるもの」っていうことの価値を感じてくれたんじゃないかなと思います。
もちろん翻訳精度の問題とかも含めて、まだ100%じゃなかったとは思うんですけど、少なくとも、 「自分たちのために何か新しいものが用意されている」ということは、子どもたちに、 直接的にも間接的にも届けられるメッセージがあったんじゃないかなって思います。
▲ 中学社会の映像授業につけられた「やさしい字幕」の英語翻訳
田中:
あとは、現場で活動されている日本語ボランティアさんにとっても、勇気づけられる活動だったと思うんですよ。一定の規模の大きな取り組みをしてるNPOが、そういう子どもたちのためにちゃんと動いてくれるということ。その辺は、結構硬直状態の業界だったので、新しい風を感じてくれたんじゃないかなと思います。
中村:
実際に、たくさんの日本語教師の方、ボランティアの方が、やさしい字幕プロジェクトに参加してくれました。同じように、聴覚障害や発達障害がある子の保護者の方も。そういう方がボランティアとして増えてきた時に、「これって、ちゃんと必要とされる取り組みなんだな」って再確認できましたね。
田中:
翻訳の精度も上がったり、取り組みが充実していくと、まさに「教育インフラ」になっていきますよね。無償でアクセスできる、社会の共通資源という感じ。eboardさん含め、そうしたテクノロジーを活用したインフラがある前提で、日本語を母語としない子どもが当たり前にいる学校みたいなものを描くと、 多分これまでとは全然違う景色が見えるんじゃないかなと思います。
中村:
学校で言うと、特別支援の先生から、eboardや「やさしい字幕」の役割は、特別支援を3層構造で考える時の、第3段階に当たる「個別支援」というよりは、第1、第2段階の全体や少人数に対しての補足的な支援ですよね、と言われたんです。海外ルーツの子の支援でも、eboardの役割って、そこなんだろうなと思って。
eboardは、比較的多くの子が使えるツールだけど、字幕のような保障を進めたり、ツールの使い方を変えることで、サポートできる子がいる。そこでも拾えない子だけを、第3段階で取り出して個別支援するという考え。eboardは、個別の徹底した支援ではなく、ある種、もっと雑に「学びやすいもの」を提供していく。機会保障をやっていく。そういうところは、まさにテクノロジーでできることが多いんじゃないかと思います。
▲ やさしい字幕の次に取り組んだ、デジタルドリルのふりがな(ルビ)機能
田中:
そうですね、 本当におっしゃる通りだと思います。中村さんの「まずカバーできる範囲を、とりあえずカバーする」というか、「テクノロジーで超えられるものは、ちゃっちゃと超えちゃおう」みたいな感じは、出会った当初から変わらないですね。私もそこは共感するところです。たまに第3段階の現場で個別支援をされている方からは、合理化とか、切り捨てとか見られてしまうことがあるんですけど、「そういう話ではないよ」って思います。
eboardさんのすごいなと思うところは、「テクノロジーの助けがあるからこそ、よりよくできる」みたいなところを追求されているところ。もちろん全ての子が利用できる訳ではないけど、決してテクノロジーによる「切り捨て」ではなく、むしろそれによって実現できる支援を、資源にも限りがある中で、現実的に導き出そうとする。そこが、現場を持ってない団体にもかかわらず、個人的にすごく信頼できるところですね。
中村:
最後に、10周年を迎えたeboardに応援メッセージをいただけると、嬉しいです!
田中:
eboardさんって、常にやっぱり進化し続けているなって思っていて、10年たった今もその途上にあると思うんですよね。そして、その進化の過程では、真摯に、でも大胆にチャレンジをしてきた。その姿勢が、これから先の10年、より重要になってくるんだろうなと思うので、eboardらしさの根源を失うことなく、大胆な、かつ緻密なチャレンジをこれからも続けていっていただければと思います。
コロナ禍やGIGAスクールを経て、本当にインフラの1つになってきているので、インフラとして、めちゃめちゃ進化してほしいなって。言語障壁を乗り越えて、翻訳のようにそのレベルが自動的にアップデートされるインフラって、本当ないと思うんですよね。
今それだけの土台を持っていて、さらにそこに新しい取り組みができるという組織やサービスは、なかなかないと思います。これから先、それこそ10年後には、全然違う景色が見えていると思うので、これからの活躍が楽しみです。
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