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  • 「やさしい字幕」プロジェクト:”もうからないけれど絶対に必要なもの” を1,000人で作り上げた話

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    はじめに

    2020年3月、コロナウィルス感染拡大により、突然全国の学校が休校になりました。その期間中、ICT教材eboardのサイトには、のべ100万人のアクセス。私たちは、24時間体制でアクセス監視をしながら、なんとか子ども達の学びを支えることに必死な日々を過ごしていました。

     

    長年かけて作り上げてきたコンテンツが、多くの子ども達の「学びの継続」の役に立っているという嬉しさの一方で、私たちはその陰に隠れた「取り残された子供たち」の存在を知ることになります。そこから始まる、NPO法人としての私たちの大きな挑戦「やさしい字幕」プロジェクトについて、スタッフ・今(コン)の目線で改めてお伝えしたいと思います。

    きっかけはメール「映像授業に字幕をつけてほしい」

    一斉休校のころ、聴覚障がいの方や、その保護者、先生から以下のようなご要望のメールをいただくことが急激に増えました。

     

    「実は、聴覚障害(一般的には難聴)のお子さんたちの9割が(ろう学校ではなく)普通学校に進学し、聞こえない部分を自分で気付くことなく、視覚情報に頼り、学校外で塾・予習・復習と必死に勉強しています。貴社が提供している授業動画は、大変分かりやすい授業を配信しているとの定評をよく耳にします。そこで、貴社が提供している授業動画に、日本語字幕をつけさせて頂くことの御検討を心よりお願いしたく存じます。」

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    字幕については、それまでも何度かリクエストをいただくことはあったのですが、一斉休校期間中の頻度はかなり多いものでした。これは...と思い、団体として調査をした結果、「教科の内容を広くあつかった動画教材で、字幕がついたものは1つもない」ということが判明したのです。これは私たちにとって、驚きの事実でした。

     

    これほど多くの動画教材がある現在、字幕がついているものがないということは「企業による取組みでは、コストパフォーマンスに合わない」つまり「もうからない」ということなのだろう、と私たちは判断しました。

     

    ICTによる教育機会保障の動きが進む中で、「取り残される子どもたち」がいる。映像授業の字幕は、もうからないけれど絶対に必要なものだ。ここから、オンライン教材を提供する 日本で最大のNPOとしての、私たちの挑戦が始まりました。

    どんな字幕をつければ良いのか

    まずは、いわゆる普通の字幕(発生した音声をそのまま字幕にしたもの)をつけてみました。しかし、それをろう学校の先生に見て頂いたところ「このままの字幕では、難しいかもしれません」と言われてしまいました。なぜでしょうか?

     

    実は手話を第一言語とする ろうの子にとって、自分の学年の学習内容を、そのまま日本語で読み書きすることは、かなり難しいことなのだそうです。ろう学校高等部生徒の言語力が、小学校5年生の3学期の水準程度という研究もあります。

     

    ただの字幕ではだめだ。わかりやすく編集された字幕をつけなければ。それが「やさしい字幕」誕生の瞬間でした。

    「やさしい字幕」とは:誰のための字幕にするのか?

    「やさしい字幕」は私たちNPO法人eboardが創作した言葉。ろう・難聴の子、外国につながる子、学びの困りごとを抱えた子を主な対象に、学習のハードルが下がるよう編集された字幕です。「やさしい」は、日本にいる外国の方のためにわかりやすく編集された「やさしい日本語」からお借りしました。

     

    それまでの色々な検証の結果、「やさしい字幕」は機械学習等による自動化等ではつけることができないこと、eboardの映像授業約2,000本に字幕をつけるには、多くの人手が必要であることが分かっていました。

     

    どうせ人の手をかけるならば、ろう・難聴の子だけでなく、他の理由から学びづらさを抱えている子にとっても、わかりやすい字幕を作ったら良いのではないだろうか?と私たちは考えました

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    外国につながる子の中には、日常会話には問題がないものの、教科で習うような言葉(学習言語)が聴き取れない、わからない子がよくいます。

     

    発達障がいの子の中には、音は聞こえるけれど聞き分けが難しい子や、音声情報の処理が苦手な子もいます。また感覚過敏によって、映像授業を音声つきで見ることが難しい子もいます。

     

    1つ1つの障害や困難で学びづらさを感じている子は決して多くないけれど、字幕を「やさしくする」ことで、全体で多くの子にとって、学びやすい教材が実現できることがわかってきたのです。

    在宅ボランティアの皆さまと「チームやさしい字幕」結成

    「やさしい字幕」を付けるまでには、以下の工程が必要でした。

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    ① ダウン/アップローダー

    自動文字起こしファイルの作成

     

    ② エディター(ボランティア)

    ①のファイルを書き換え(所要時間:7〜8分の動画で、4〜5時間程度)

     

    ③ レビュアー

    ②の字幕を、教科別の細かな記載ルールに沿ってチェックし仕上げる(所要時間:1本の動画につき3時間程度)

    このうち②の部分について、オンラインでボランティアを募集したところ、国内外460名の個人ボランティア・613名の企業ボランティアの皆さまにご協力をいただくことができました

     

    ボランティアの皆さまとは、メールでの字幕ファイルのやりとりをさせていただいていました。その際には「少しでもこのプロジェクトの力になりたい」「私の字幕で、一人でも助かる子がいたら嬉しい」「もう何本か作成できますよ!」などなど、温かいお言葉を添えてくださいました。

     

    ボランティアの皆さまとスタッフが、思いを同じにする「チームやさしい字幕」となって、プロジェクトが進んでいることをひしひしと感じていました。この場を借りて、改めて御礼を言わせてください。

    完成した「やさしい字幕」

    こうして完成した「やさしい字幕」がついた動画がこちらです。

    主に次のようなルールで作成しています。

     

    ■くりかえしや、いいよどみ(「まぁ」「ええと」など)の除去

    ■学年に応じた、習っていない漢字のかな化

    ■文章の簡素化、標準化

    ■分かち書き(文節などでスペースを入れる)

    ■日本語能力検定N3〜N2レベル(=9歳、10歳の壁)への語彙の言い換え

     

    シンプルでわかりやすい、標準的な日本語になっていることがお分かりいただけるのではないでしょうか?

    字幕を使った子ども達の反応は

    2021年8月末、ついに「やさしい字幕」プロジェクトは完了。約2,000本の映像授業に字幕がつき、eboardは、義務教育課程を広く扱った教材としては、日本で唯一、字幕による学習機会の保障を実現しました。これらの映像授業と字幕には、すべて無償でアクセスすることができます。

     

    さっそく字幕を使ってくれている子どもたちの様子と感想が、次の動画でご覧いただけます。

    「字幕があるので、とてもわかりやすい」「自分で考えたりしながら、見れる」

     

    字幕があることで、楽しんで学び続けることができる子どもたちが、たくさんいます。2020年の春に「取り残された子どもたち」がいることを知ってからおよそ1年半。多くの皆さまの力をお借りして、こうして「やさしい字幕」という形にすることができました。

    ジャパンSDGsアワード受賞と「これから」

    完了から数か月が経った昨年12月末、この取組みが第5回「ジャパンSDGsアワード」(主催:SDGs推進本部、本部長:内閣総理大臣)において、SDGs推進副本部長(内閣官房長官)賞を受賞しました。SDGs17の目標「4. 質の高い教育をみんなに」を主とした活動における同賞の受賞はこれが初めて。様々な特性や環境の子ども達の教育機会を保障するものとして、高い評価をいただきました。

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    当初は無謀とさえ思えた私たちの挑戦は、1,000名を超えるボランティアの皆さまのお力を借りることで実現しました。「こんな日が来るなんて」というのがスタッフ一同の正直な気持ちですが、プロジェクトはこれで終わりではありません。

     

    今後はこの一文字一文字に熱い思いのこもった字幕を、一人でも多くの子どもたちに届けていきます。様々な学校や教育支援現場での実証の成果や活用事例を広く公開し、「やさしい字幕」が多くの先生や子どもたちの力強いツールとなるよう、引き続き私たちの挑戦は続きます!

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    • やさしい字幕

      eboardの映像授業には、様々な学習上の困りごとを抱えた子に配慮した「やさしい字幕」がつけられています。

    • 学びやすさの工夫

      ICT教材eboardには、映像事業の字幕・デジタルドリルのふりがな表示など、学びやすさを高めるための工夫がいくつもあります。

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