2013年12月5日、任意団体として活動をしてきたeboardは、NPO法人としての活動をスタートしました。今では、誰もが毎日のように使うスマホやYouTubeが、本格的に普及し始めたころ。当然学校に1人1台の端末などなく、パソコン教室が主流だった時代。そんな設立前夜を、eboardの理事としてご参画いただく立命館大学・木村先生とふりかえります。
立命館大学生命科学部生命情報学科 教授
木村 修平さん
中村:おかげさまで、NPO法人eboardも10周年を迎えることができました。この10周年記念インタビュー、木村先生が最初になるんですが、法人化より前の頃からふりかえっていきたいと思います。
木村:eboardを知ったんは2012年頃かな。Twitter経由やったと思う。YouTubeとかニコ動とかUstreamとか、動画プラットフォームが世間の注目を集めていたころで、つまり一般の方がネット上で公開される動画を「コンテンツ」として認識した頃やね。それを教育に使いましょうというアイデアもこのころいっぱい出始めて、MITのOCW(オープンコースウェア)を皮切りに世界中の大学がMOOCs(Massive Open Oonline Courses)を始めたりした。いわゆるオープン・エデュケーションという概念が日本でも広がり始めて。カーンアカデミーもインパクトがすごかったし、反転授業という教授法もブームになったよね。
中村:当時は、当然「ユーチューバー」なんて言葉もなかったですからね。動画アップしている人なんて、かなり変わった部類の人間でしたね。
オープン・エデュケーション:
インターネット等を通じて、原則無償で講義ビデオや電子教科書、学習コンテンツ等を提供する取り組み。2000年代ごろから、マサチューセッツ工科大学(MIT)のOCWをはじめとして、世界の一流大学の講義が無償で公開される取り組みが広がった。カーンアカデミーは、アメリカの非営利団体で同様の取り組みを初等中等教育で行っている。
木村:動画は若い世代からの支持が高いメディアだということで、より注目された。今でこそ教師の労働環境や雇用条件が悪いっていう認識は広がったけど、当時すでに先生たちはだいぶ疲れてたように思うわ。それがやりがいとは言いつつも、学校の先生ってほんまに忙しいので、自分たちの仕事を肩代わりしてくれるツールが初めて出たっていう感覚はあったような気がする。俺もあったもん。英文法の解説とか、大学で教えまくってたけど、同じことばっかり言うてるなぁという感覚があった。せやから「そうか、ぜんぶ動画にして見せたらいいのか」ってなった。
当時、EdTechのツールとかサービスにアンテナ張ってて、その時に「日本版のカーンアカデミーや!」と思ったのがeboardやったね。
中村:私も原体験としては、学生時代の経験で。勉強苦手な子に教えてると、やっぱり何度も同じことを説明しないといけないことも多くて。しかも、同じ内容を同じ学年の子にも教えている。当然教え方は多少は変わるんですが、それが毎年続くわけで、全国の先生がそれをやってると考えると、めちゃくちゃ無駄があるなというのはありました。
木村:当時はペンタブレットとか全然普及してなかったし、どうやってこんな動画コンテンツを作るんやろって、eboardを見て知りたくなった。それで当時、俺が部会長やってる研究会に中村くんに来てもらって、動画コンテンツの作り方について話してもらったんよね。
実際に会って話してみたら、めっちゃ情熱あるヤツなんやと思った。正直、こういうEdTech系のサービスって短命で終わるものも多いやん?熱意や問題意識って、エネルギーとしては燃えやすいんやけど、燃焼時間がそんなに続かへんのよね。組織的な支援とかサポートとか、継続できる環境や条件っていうのが絶対必要やねん。その中でeboardは継続して成長してる、非常に数少ない法人やなと思いますね。
中村:いや、懐かしい。話しに行きましたね。今さかのぼってみたら、研究会は 2012年6月ですね。衣笠キャンパス(立命館大学)に行って、話してますね。
木村:俺もね、当時eboardをはじめとしたいろんな教育系オンラインサービスが出てくるのが面白かったんよね。特に動画コンテンツが熱くなってた頃やったから。当然スマホの普及もあったしね。
当時は、まだ映像教材というのは、割と特権的なメディアというか、作るのも公開するのもハードルが高かった。今では考えられないぐらい高かったわけやんか。不特定多数の人に活用してもらうぐらいの、ちゃんとしたクオリティにしようと思ったら、相当な設備と労力が必要やった。
それが個人でできるってことを、まず一番最初に示したのは英語圏ではカーンアカデミーやったと思うけど、日本ではeboardがやり始めた。大学のOCWとかも画期的ではあるけど、すごい大がかりで、予算が潤沢にある大学が作ってたわけやから。「自分の手元のパソコンでこんなことができるのか」っていうのは、かなり全国の教員に刺さったんちゃうかな。
木村:当時はADSLから光ファイバーへの過渡期でもあって、ネットワークのインフラが日本全国でパワーアップされたっていうのも、後押しになったんちゃうかな?
中村:そうですね。「オンラインで学ぶ場所をつくる」ということを考えた時に、「動画が一番残るだろうな」っていう確信はあったんです。文字ベースのコンテンツとか、ドリルとか、ebookとか、いろんな選択肢も考えたんですが、その中で動画が一番いいだろうな、主流になっていくだろうなっていうのは思ったんですね。ネットワークとか、端末とか、色んな条件がそろっていくだろうなって。
木村:動画の作り自体はシンプルやけど、繰り返し見れるっていうのが、すごい強みやね。あと、ある特定の教科とか分野で1本だけいい動画があっても仕方がないわけで、網羅されてるっていうところが非常に重要よね。
中村:はい、作るのが簡単になってきてたとはいえ、そろえるのは大変ですから。そこをやり切ることに価値があるなと。それに実際、子ども達にとっても映像授業というのはすごく分かりやすいので。動画をたくさんストックすることが、すごく大事だという感覚がありました。
木村:いまだに覚えてるけど、当時の中村くんは、ちょっと眼が狂気をはらんでたからね。今やから言えるけどさ、瞳孔がずっと開いてるというか(笑)。使命感というか、他の誰でもない、この俺がやるんやみたいなオーラがすごかった。コンサルやめてeboardをはじめて、貯金切り崩しながら生活してたらしいから、もう後がない感じやったんやろな。
▲ 2014年にクラウドファンディングを達成した際の写真。栄養ドリンクで祝杯をあげるその目は、確かに…
中村:まぁ、周りはみんな、それなりにいい企業に入ったりしてるわけですよね。その中で、これがうまくいかないと、自分はもうやばいなって感覚もあったし、お金もどんどん減っていくので。なんかそういう焦燥感みたいなのが強かったかもしれないですね。
木村:まさに、背水の陣やったわけね。その覚悟というか、心意気に心打たれた部分もあるわ。大きなスポンサーとか後ろ盾があるわけじゃなく、文字どおり身一つ、体とパソコンだけでここまでのことをやろうとしてる若者がいるのかって。感動したし、すごい影響受けた。俺より10歳も若いやつが、こんなおもろいことやってるんかって。純粋にすごいなって思った。
それと、Webサイトのシステムそのものも自分でやってるって聞いて。衝撃でしたよ、ほんまに。eboardのあの動画もやけど、システムまで自作って。ここまで個人で作ってしまうのかって、本当にびっくりした。
中村:いや、当時はそうでしたね。最近eboardを知った方は、コロナ以降で知った方も多いと思うんですよね。だからeboardの動画も、私が作っていたことを知っている人も少数だし、システムまで私がやってたことは、みなさん知らないですよね。
木村:そうやろな。中村くんの強みは、そういうインターネットに関わるインフラ的テクノロジーの知識がちゃんとあったことちゃうかな。実はそれがeboardの初期の強みやったんちゃうかなと思う。これがどっかのインフラや既存のプラットフォームにがっつり乗ってるとかやったら、もしかしたらここまで発展しなかったかもしれんよね。
木村:そしてやっぱりブレイクスルーになったのはコロナ禍やろね。それまでeboardって、教育業界でテクノロジーが好きな人たちには知られてた程度やったけど、コロナ禍で爆発的にアクセスが伸びたよね。よくサーバが落ちひんかったね(共通語訳:落ちなかったね)。
中村:いや、落ちました(汗)。まあでも、全く使えないとかではないんですけど、アクセスが多い時間帯だと、すごい表示されるのに時間がかかるような感じになったり。それこそ私が初期に関わっていたような学校の先生は、私の携帯の番号を知ってるので「中村さん、eboard遅いけど、どうしたらいい?」みたいな電話がかかってきたりとか。でも、eboard以外にすぐに使えるオンライン教材がないっていう状況だったので、なんとか踏ん張らないとって。
木村:そやったんか!こわ!いやでも、あのコロナ禍のアクセス数は恐ろしかったと思うわ。よう耐えた!恐ろしいといえば、eboardが今みたいになる前に中村くんが東京の公園で寝起きしてるって聞いた時には、コイツもういよいよやなって思ったわ(笑)。
中村:いやいや、公園ではないですけど、代々木公園から徒歩3分のシェアハウスに住んでましたね。知らない人と3人ぐらいで。1人ずつ布団引くと、足の踏み場がないような狭さのとこ。月1万5000円とかだったんですよ。
木村:当時の中村くんは、若いから眼はキラキラ輝いてるし、肌もツヤツヤやねんけど、全体的にいつも髪の毛がボサボサで、これも今やから言うけど、小汚いなって思ってたもん(笑)。服装もいつもヨレヨレで、どっかで拾ってきたみたいなTシャツ着てたり。
中村:かなり脚色されてる気がしますが(笑)、体重が一番少なかった時期ですねー。
木村:そんな若いモンがいたら力になりたいと思うのは人情やし、インターネットやテクノロジーが教育にプラスに作用するっていう可能性を信じてたっていう点では、俺も間違いなく同志やったしね。
今となってはほぼ共通認識みたいになったけど、日本は多くの分野でデジタル化やオンライン化が遅れていた。中でも教育っていうのは特に遅れていた分野。今でこそGIGAスクールや教育DXっていう用語が広がったけど、当時本気でテクノロジーの教育活用を実行に移してる人って貴重というか、若干変人扱い受けてるところもあった。俺も含めてやけど(笑)。
コロナ禍の一斉休校のときに、eboardが爆発的なアクセスを記録したっていうのは、つまり初等・中等教育でオンラインで利用できるセーフティーネットがなかったってことやんか。対面授業ができないときに、バックアップとして使える教育インフラがなかったっていう。
中村:いや、そうですね。コロナ前はeboardのようなツールって、アドオンのような位置づけだったんですよね。なくてもいいけど、あったら便利くらいの。例えば、メインは教科書とドリル教材で、プラスアルファでeboardもできるよみたいな。
それが、コロナ禍の休校期間中やコロナ後では、セーフティーネットとして認識されるようになった。普段の一斉授業では遅れてしまう子とか、あらゆる学びづらさとかを支えるためのツールという見方をしてもらえるようになったのかなと。 みんなに必要ではないにしても、必要な子、特に学習に対してなんらかの困難を抱える子には、役に立つツールだなっていうふうに見てもらえるようになったのかなと思います。
木村:コロナ禍を経て、予備校や教材会社なんかが提供してる商業システムもだいぶ広がったよね。いつの時代もビジネスは先行しがちやね。もちろんeboardだって事業を続けていくためにはお金が必要。でも、収益が一番の目標になるわけではなくて、モットーである「学びをあきらめない社会」を目指し続けるっていうのがeboardやからね。いつだったか忘れたけど、団体のモットーを作ろうってなった時に「学びをあきらめない社会」ってのがすごく響いて、それにしたらええんちゃうかって俺が言ったと思う。
中村:そうですね。理事の方を中心に、みんなで話し合って「学びをあきらめない社会」にしようって決まったんですよね。法人化のタイミングだったと思います。それはずっと変わってないですね。
木村:緊急時とか、経済的に困窮してる家庭とかでも、それが理由で「学ぶこと」へのアクセスが断たれるということは、あったらあかんのや(あってはいけないのです)。震災やコロナ禍の時が、まさに気づいてもらえるきっかけになったと思う。教育の機会が断たれる人がいるっていうのは、電気、ガス、水道が断たれるのと同じぐらいの国難なんやという認識がね。
中村:個人の方でも、今まではSNSなどで感度の高い方が見つけてくれるという感じだったんですけど、特にコロナ後からは先生からの紹介とか、医師からの紹介とかが増えてるんですよ。不登校の子とか、学びづらさをもつ子に対して、「ICTで学んでみる」という手段を先生が認識していて、「教室でみんなと同じように、同じペースで学ぶのは難しいかもしれないけど、こういうのあるよ」ってeboardを紹介していただけるようになってきたのかなと感じます。
木村:それは、10年続けたということの証というか、賜物やと思うね。ポッと出のサービスで便利なのありますよ って言われても、来月にはなくなるかもしれんのやったら、人には勧められへんもんね。
中村:そうですね、木村先生には、本当に大変な時期から見てもらってますが、なんとかここまでやってこれました。
それでは最後に、GIGAスクール構想も含め、社会や教育の情勢、10年前と変わったことも多いと思うんですが、これからのeboardに期待すること、eboardへのメッセージを聞かせてください。
木村:初心を忘れるべからず、ってことちゃいますかね(ではないでしょうか)。これは自戒も込めてやけど。人間、実るほど頭を垂れる稲穂かな、って言うやんか。是非、チームワークを大事にして、初心を忘れず、毎度おおきにという気持ちで。eboardを使ってくださる皆様のおかげです、マンスリーサポーターの皆様のおかげでございます、という気持ちは忘れないでいただきたいですかね。
中村:はい、肝に銘じます。ありがとうございました!
木村:大恩人の俺への感謝は特に忘れんようにね(笑)。
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